精神科の診察室で、患者さんの日常生活について尋ねる際、私は必ず「最近、お部屋の様子はどうですか」と伺うようにしています。これは、部屋の状態がその方の精神状態を驚くほど正確に映し出しているからです。インタビュー形式で得られる知見として、心の病が回復に向かっている患者さんは、共通して「急に部屋の汚れが気になり始め、片付けをしたくなった」と仰います。逆に、病状が悪化している時は、床に物が散乱していても何も感じなくなったり、あるいは片付けなければならないと分かっていても体が鉛のように重くて動けなかったりします。精神的なエネルギーが枯渇している時、人間は生存に必要な最小限の動き以外をカットしてしまいます。片付けという行為は、分類、取捨選択、配置という極めて複雑な脳の機能を必要とするため、エネルギー不足の状態では真っ先に切り捨てられる対象なのです。そのため、部屋が汚れていることを責めるのは、骨折している人に走れと言うのと同じくらい酷なことです。私は患者さんに、部屋が汚いのはあなたがだらしないからではなく、心が一生懸命に自分を守ろうとしている結果なのだと伝えます。まずは汚れを許容することから始め、少しでも動けるようになった時に、一つだけ物をゴミ箱に入れる。そんな小さなステップを肯定していくことが大切です。また、発達障害などが背景にある場合は、片付けの順序を可視化するなどの具体的な工夫も提案します。精神医学の立場から見れば、部屋の清潔さは心のバロメーターであり、環境を整えることは認知療法的な側面も持っています。自分の周囲を整えることが、自分自身の思考を整えることに繋がるのです。部屋という最も身近な世界を少しずつ変えていくことで、内面的な世界も確実に変化していきます。日々のブログを綴るような気持ちで、今の自分の不甲斐なさを認めることから始めてみましょう。朝起きて、視界に入る散らかった光景に溜息をつく毎日は、本当に辛いものです。しかし、その溜息は、あなたが「本当はもっと心地よく暮らしたい」と願っている証拠でもあります。精神状態が不安定な時、私たちは自分に厳しくなりがちですが、今はその厳しさを一旦横に置いておきましょう。部屋を片付けられないのは、あなたが弱いからではありません。ただ、今は心が少し風邪を引いていて、重い物を持つのが大変なだけなのです。まずは、一日に一つだけ、いらない紙くずを捨てるところから始めてみませんか。あるいは、コップをキッチンに持っていくだけでも十分な進歩です。この「小さな勝利」を積み重ねる練習が、あなたの心に少しずつ自信を植え付けてくれます。散らかった部屋は、過去のあなたが抱えていた悩みや迷いが物質化したものです。それを一つ片付けることは、過去の重荷を一つ手放すことと同じです。