私は長年、特殊清掃や遺品整理の現場に携わってきましたが、ここ数年でゴミ屋敷の清掃依頼の数は劇的に増加していると肌で感じています。かつては、いわゆる「変人」として扱われるような極端なケースが稀に舞い込む程度でしたが、今ではごく普通の会社員や、身なりを整えた若い女性、さらには専門職の方からの依頼も珍しくありません。私たちの会社に寄せられる相談件数を見ても、十年前と比較すると三倍以上の伸びを示しています。依頼の数が増えた要因の一つには、インターネットの普及により、恥を忍んで外部の業者に助けを求めるという選択肢が一般化したことが挙げられます。しかし、それ以上に、生活の中で物を捨てられなくなる心理的な負担が増大していることが根本的な原因でしょう。現場に足を踏み入れると、そこには膨大な数のペットボトル、コンビニ弁当の空き殻、そして数年分はあろうかという未開封の郵便物が層をなしています。ある現場では、玄関から奥の部屋へ行くために、ゴミの山を四つん這いになって進まなければなりませんでした。ゴミの層は一メートルを超え、その下からは何年も前に期限が切れた食品や、住人が紛失したと思っていた通帳や貴金属が次々と出てきます。私たちは、単にゴミを運び出すだけが仕事ではありません。住人の方は、その膨大な数のゴミの一つひとつに対して、何らかの執着や思い出、あるいは「捨てることができない」という強い恐怖心を抱いています。作業を進める中で、住人の方の表情が次第に和らいでいくのを見るのが、この仕事の唯一の救いです。最近では、親が亡くなった後の実家がゴミ屋敷化していることが発覚し、途方に暮れるお子さんからの依頼も急増しています。一軒のゴミ屋敷を解消するためには、数トントラック数台分の物量と、延べ数十人のスタッフ、そして何日もの時間が必要です。私たちが扱う「数」は、物理的なゴミの量であると同時に、住人が背負い続けてきた心の重荷の量でもあります。この仕事を通じて感じるのは、誰もがゴミ屋敷の住人になり得る可能性を秘めているということです。社会がより効率的で合理的になればなるほど、そこから零れ落ちてしまった人々の住空間が、溢れんばかりの物で埋め尽くされていく皮肉な現実を、私たちは毎日現場で目撃し続けています。
特殊清掃業者が語る依頼件数の推移と現場の実態