私の家の隣には、かつて緑豊かな庭を持つ一軒家がありました。しかし、数年前からその家の様子が少しずつ変わり始めました。最初は庭に置かれた段ボールや古新聞が目につく程度でしたが、気づけば門扉を越えて路上にまでゴミが溢れ出すほどのゴミ屋敷になっていました。そして、それと呼応するように増えていったのが野良猫の姿でした。住人である高齢の女性は、寂しさを紛らわせるためか、集まってくる猫たちに毎日大量の餌を分け与えていました。彼女にとっては優しい行為だったのかもしれませんが、管理能力を超えたその善意が、周囲にとっては悪夢の始まりでした。夏の暑い日が続くと、隣家からは鼻を突くような強烈な臭いが漂ってきました。それは生ゴミの腐敗臭と、数十匹にも膨れ上がった猫たちの糞尿が混じり合った、筆舌に尽くしがたい異臭でした。私の家の窓を開けることはおろか、洗濯物を外に干すことさえできなくなりました。庭に出れば、ゴミの隙間から現れた野良猫たちが鋭い目つきでこちらを威嚇し、不衛生な足跡を車や玄関先に残していきます。さらに恐ろしかったのは、害虫の発生です。ハエが雲のように舞い、見たこともないような大きなゴキブリが我が家の壁を這い回るようになりました。夜になれば、猫たちの激しい喧嘩の声や、子猫の鳴き声が絶え間なく響き渡り、静かな眠りは奪われました。町内会を通じて何度も改善を求めましたが、住人は「猫たちが可哀想だから」と耳を貸さず、部屋の中にまで猫を入れ始めました。室内に溜まったゴミの上で猫が繁殖を繰り返し、状況はさらに悪化していきました。行政の担当者が訪れても、個人の所有権の問題や動物愛護の壁に突き当たり、抜本的な解決には長い年月を要しました。ゴミ屋敷と野良猫という組み合わせは、住人本人のセルフネグレクトを象徴しているようにも見えました。一つの家が壊れていく過程で、周辺の平和な生活も同時に崩壊していく様を目の当たりにし、私は強い無力感と恐怖を覚えたものです。最終的に行政代執行が行われ、ゴミが撤去された後の土地には、何も言わずに去っていった猫たちの残像だけが虚しく残っていました。
窓から見える猫の楽園がゴミ屋敷だったあの夏の記録