俺の部屋がゴミ屋敷だなんて、自分では認めたくなかった。ただ「忙しいから」「今は片付ける気分じゃないから」と先延ばしにしていただけだった。でも、その代償は想像以上に高くついたよ。ある夜、突然息ができなくなって救急車で運ばれたんだ。病院のベッドで酸素マスクをつけられながら、医者に「このままじゃ死にますよ、喘息です」と言われたとき、初めて目が覚めた。俺の肺を壊していたのは、自分が溜め込んだあのゴミの山だったんだ。退院して部屋に戻ったとき、それまで気にならなかった悪臭や、空気の重さに吐き気がした。あんな不潔な場所でよく平気で寝ていられたなと思うよ。でも、いざ片付けようとしても、少し動くだけで咳き込んでしまって、自分一人の力じゃどうしようもなかった。結局、親に金を借りて清掃業者を呼んだ。業者の人たちが次々とゴミを運び出すのを見ながら、俺はマスクをして隅っこで座っていた。ゴミの下からカビだらけになった思い出の品や、賞味期限が五年前の缶詰が出てくるのを見て、情けなくて涙が出たよ。俺は自分の人生を、こんな汚物の中に埋めていたのかって。部屋が空っぽになって、プロの洗浄で壁や床が輝きを取り戻したとき、不思議と呼吸が深くなったんだ。薬の吸入を忘れても咳が出ない、その当たり前のことがどれほど幸せか、失って初めて気づいた。今、俺は清潔な部屋で、空気清浄機を回しながら静かに暮らしている。ゴミ出しの日は絶対に忘れないし、床を拭くのも日課だ。喘息になったことは不幸だったけど、もし病気にならなければ、俺は今でもあのゴミの山の中で、緩やかに死に向かって生きていたはずだ。病気は、俺の生活が間違っているという体からの悲鳴だったんだな。今は、自分の肺を大切にすることが、自分自身を大切にすることだと思って生活している。もう二度と、あんな息苦しい世界には戻りたくない。深い呼吸ができるってことは、自由であることと同じなんだ。もし、今ゴミの中で咳をしている奴がいるなら、俺みたいに救急車で運ばれる前に、その部屋を捨ててくれと言いたい。命より大事なゴミなんて、この世には一つもないんだからな。
喘息という病をきっかけにゴミ屋敷を卒業した男の独白