あの夜のことは、今でも思い出すだけで鼓動が激しくなります。私の家のすぐ隣には、十数年前からゴミ屋敷化していた一軒家がありました。庭先まで古い雑誌やビニール袋が積み上がり、いつか火事になるのではないかと町内会でも何度も問題になっていたのです。深夜二時を過ぎた頃、窓の外が異常に明るいことに気づいて飛び起きました。カーテンを開けると、そこには見たこともないような巨大な火柱が立っていました。隣のゴミ屋敷の庭先にあったゴミの山に、何者かが火をつけたのです。火の勢いは恐ろしいほどに速く、バチバチという不気味な破裂音と共に、黒い煙が我が家の軒先まで押し寄せてきました。私は震える手で一一九番通報をしましたが、消防車が到着するまでの数分間が永遠のように感じられました。隣の家はまさに巨大な焚き火のようで、熱気が窓ガラスを通して肌を焼くように伝わってきました。幸いにも、消防隊の迅速な活動により我が家への全焼は免れましたが、外壁は焦げ、窓ガラスは熱でひび割れ、数日間は家の中に充満したプラスチックの焦げた臭いが取れませんでした。後に警察の調べで、やはり放火であったことが判明しましたが、犯人は捕まっていません。ゴミ屋敷の主は、火災で家を失い、親戚の元へ去っていきましたが、残された私たちは今でも、少しでも焦げ臭い匂いがすると、あの夜の火柱を思い出してパニックになりそうになります。ゴミ屋敷を放置することは、住人本人だけでなく、私たち近隣住民の命をも危険に晒すことなのだと痛感しました。あの家がもっと早く片付けられていれば、あのような放火事件は起きなかったはずです。自分たちの身を守るためには、ただ我慢するのではなく、行政や警察にもっと強く訴えかけ、地域全体でゴミ屋敷というリスクを排除しなければならなかったと、今になって強く後悔しています。あの日、もし火が消し止められなかったら、私は死んでいたでしょうし、隣の家も焼き払っていたでしょう。警察に「放火の可能性があります」と言われたとき、私は自分がどれほど愚かで、危険な状態に身を置いていたかを、骨の髄まで痛感しました。私は自分の怠慢やこだわりよりも、死ぬことへの恐怖、そして他人を殺してしまうことへの恐怖を、初めて実感したのです。その日から、私は狂ったように片付けを始めました。一度失った平穏な生活を取り戻すには、あまりにも長い時間が必要でした。